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せえの神場
 むかし 多摩川が、多麻川と いわれたほど、川原には、麻が たくさん おいしげっていました。その麻で、じょうぶななわや ひもをつくっている兄弟がいました。
 ある日、二人は、かりとった麻のたばを せなかにしょって、川ぎしの坂をのぼると、いつもひと休みする、せえの神場へ たどりつきました。
 神場は、どんど場ともいって、塞の神さまを まつってありました。
「どっこいしょ」
 二人は、麻たばをおろして ねそべりました。
「ああ、うんざりだなぁ。馬か牛がほしいなぁ」
と、兄がいいました。兄はなまけもので、麻をかるのも はこぶのも 弟のはんぶんくらいでした。
「もっと、うんとうんと はたらけば、馬だって かえるようになるべょ、あんちゃ」
 弟は、兄を はげますようにいいました。そのうちに、二人とも つかれがでたのか、ねむるでもなく うとうとと してしまいました。
 すると、
「これこれ、二人とも。よくはたらいているようだから、ほうびに、馬と牛をあげよう。それぞれ すきなほうを とるがいい」
と、いう声がしました。
 二人は、びっくりして とびおきました。あたりには、だれもいません。
「だれだべな。たしか声がしたようだが。そらみみだべか」
 二人が キョロキョロしていると、塞の神さまの ほこらのわきから、馬と牛が けむりのようにあらわれてきました。
 二人は、びっくりぎょうてん。
「ややっ、ほんとに馬と牛が‥‥。やっぱし だれかいる」
「あの もし、かくねていねぇで、でてくらっしぇ」
 すると、ほこらのなかから 声がしました。
「わしは、ここじゃ。塞の神じゃ。おどろくことはない」
「ええっ、せ、せえの神さまで ござらっしゃるべか。ほんとに、あれをくださるんで」
「ほんとうだとも。この馬と牛を、たいせつにして はたらくがよい」
 塞の神に そういわれて、兄弟は、とびあがって よろこびました。
 馬は、くり毛でたくましく、つやつやして げんきいっぱいです。牛は、白っぽい毛なみで、やせて うなだれていました。
「じゃあ、おら、馬をもらうべ」
 兄は、麻たばを さっさと 馬にのせると、パッカパッカと いってしまいました。
 弟は、牛のくびを なでながら、
「ありがてぇことだ。これからよろしくな。なかよくすべぇ」
と、うれしそうにいいました。
 兄はそれから、雨の日も風の日も、麻を山のように 馬につんで、
「ほれ、しっかりせぇ。もっとはやくあるけ!やせ牛なんかに まけるんじゃねぇぞ。この ただめしぐいが」
と、馬のおしりを、ムチでピシリッ、とひっぱたきながら、こきつかいました。こうして、弟の牛の なんばいも はたらかせたので、兄は金もちになりました。兄はそのお金をもって、永田の宿へ、あそびにいくことを おぼえました。たび人たちと、ばくちをしたり、酒をのんで どんちゃかさわぎをしたり、たのしくて たまりません。
 兄は、もっともっと お金がほしくなりました。
 ところが 馬は、えさももらえず、そのへんにはえている草しか たべられなかったので、すっかり やせてしまいました。
 それでも兄は、馬がみえなくなるほど 麻をつみあげて、
「なんでぇ、このクソったれ、とっととあるけっ」
と、やせて ほねのつきでたおしりを、ムチで力まかせに たたきました。
 馬は、口から あわをふきながら がんばるのですが、よろけるようにしか あるけません。
 みるにみかねた 弟は、
「あんちゃ。それじゃ、馬が かわいそうだべ。やすみやすみ、ゆっくり はこべば いいべよ」
と、いいました。
 弟は、神さまから いただいた牛なので、えさを たくさんたべさせ、牛ごやのワラは いつもかえてやり、たいせつにしてやったので、毛なみは かがやくように まっ白になり、力づよく たくましくなっていました。
「じゃあ、おらぁ、こっちの道のほうが ちけぇから、さきにいくべぇ」
 弟は、べつの道を ゆびさしました。
「なんだよ、ちか道があるんか。そんなら おらも、そっちへいくべぇ」
「でもよぉ、その馬じゃ、きゅうな坂は のぼれねぇべょ」
「なんの、牛がのぼれる坂ぐれぇ、馬がのぼれねぇ はずがねぇ」
と、兄は、弟のとめるのも きかないで、ついてきました。
 やがて 目のまえに、坂というより、きりたったがけが あらわれました。
「これを のぼるんか‥‥」
 さすがに兄は、そそりたつ がけをみあげて、いきをのみました。
「なぁ、あんちゃ。わるいことは いわねぇ。とおまわりでも、あっちの道がいいべよ」
「でもよ、これをのぼれば、はんぶんの道のりだ。いままでのばいは、かせげるわけだ。いくべぇ」

 兄のことばに、しかたなく 弟は、牛を さきにのぼらせました。牛は、二本のつめをたてて、トットと のぼっていきました。

 弟は、馬のまえで たづなをひき、兄は フーフーいいながら、あせびっしょりの 馬のおしりを おしあげていきました。

 一本づめの馬の足では、三歩のぼって 二歩さがるように、すべってしまいます。
「ここさえ のぼれば、あとは だいじょうぶ」

 弟が、馬を はげましたとたん、ひづめの下の いわが ガラッと かけおちました。あわてた兄は、馬から 手をはなしました。馬は、せなかの麻のおもみで、グラリとかたむき、ずるずるっと 足がすべって、がけを まっさかさまに ころげおちていって、くびのほねをおって、とうとう しんでしまいました。いっしょに ころげおちた兄も、足に大けがを してしまいました。

「クソッ、なんて だらしのねぇ馬だべ。こんだは、もっと ましな馬をもらってきべぇ」

 兄は、したうちしながら びっこをひきひき、神場へ むかいました。

 兄が 神場についたとたん、
「このばかものめが!」
と、かみなりのような 声が、おちてきました。
「へっ」
 兄は、ちぢみあがって しまいました。
「馬を たいせつにしろと、いったはずじゃ。それを えさもやらずに、じぶんばかり あそびほうけたうえ、とうとう 馬をしなせてしまったとは、なにごとだ。そのばつに、おまえの足を、まがったままにしておいてやる。もしも、心をいれかえて、弟のてつだいをして はたらけば、そのうち なおることもあろう」
 神様にしかられた兄は、目がさめたように 心をいれかえ、神場のそばに 馬のおはかをつくり、「ばとうかんのん」の石をたてて、まいにち、おいのりをしました。
 そして、弟のてつだいを、いっしょうけんめいにしたので、二人は、「兄弟長者」といわれるようになり、兄の足は いつのまにか、まっすぐに なおったそうです。
 それからは、ふたつの道を、「馬坂」、「牛坂」とよぶようになり、村人たちは、馬は馬なりに、牛は牛なりに、人は人なりの道があることをおそわった、ということです。
お母様へ
●塞の神場
 村境などで、小正月(1月15日)に、門松、竹、しめなわなどを焼く、いわゆる「どんど焼き」の場所で「さえのかんば」と言われました。塞の神は道祖神で、邪霊の侵入を防ぎ、行路の安全を守る神です。昔、中房(中福生)にありました。
●多麻川
 多摩は、多麻、多磨、玉、多米、多波と書かれ、三国史の多波那国に由来するという説があります。なお、現在の中福生を、中房と言ったことから、福生の語源は、麻→房→福生ではないか、という人もいます。
●馬坂、牛坂
 今は、地名としては残っていませんが、中福生にありました。
●馬頭観音
 菩薩で、八大明王の一人、馬頭明王ともいい、馬の保護神です。
●永田の宿
 永田の渡し場は、秋川、五日市と古江戸道を結ぶ重要な通過点で、現在も、宿橋通りとして名を残しています。
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