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第十五話「むじなと洪水」
 むかし、原ヶ谷戸のがけに、一ぴきのむじなが すんでいました。そのむじなは、イノシシほどもあり、口から火をふくじゅつを しっているほどでした。夜空にむかって 火柱をたてて、村人を おどろかしたり、にわとりごやに 火をつけて、にわとりや たまごをぬすんだり、畑のやさいを やきからしたり、とんでもない わるさをしていました。
 てっぽううちの源八は、イノシシがりの名人でしたが、なんど ねらいうちしても、むじなは、たまを ひょいひょいと よけるので、しとめることが できませんでした。
 ある夏の夜、源八が よなべをしていると、せっちんごやのほうから、けんかを しているような声が 聞こえてきました。
「しゃらくせぇことを いいやがって。おめぇが、このおれさまと 火ふきくらべを やろうだと?」
「んだ。負けたらおめぇは、福生からでていってくれ。それがいやなら、おれのこぶんになれ」
 そっとのぞいてみると、原ヶ谷戸のむじなと 萱戸のむじなが、口をとんがらして いいあっていました。萱戸のむじなも、としは若いが、わるさにかけては あいてにひけをとりません。
 どうやら、火をふくじゅつも おぼえたらしいです。
「あのな おめぇ。しっぽをまいて にげだすのは、そっちだべよ。なまいき こくでねぇ」
「よし、きまった。この村の家を、一けんずつ 火をつけていって、どっちが たくさんやきはらったかで きめべぇよ」
「いいじゃんかい。あしたの夜、月が 大岳山にかくれたら、この源八のとこから おっぱじめるとしべぇ」
 二ひきのむじなの はなしをきいて、源八はびっくりぎょうてん。牛浜のとしよりの家へ、あたふたかけこみました。
 としよりも、てっぽうだまさえ よけてしまうほどの むじなを、どうやって やっつけたものか、ちえがうかびません。それをきいて 村中の人は、ねてもいられなくなり、「こまった、こまった」といいながら、じぞう堂へあつまってきました。
「おじぞうさま、どうか たすけてくんろぃ。むじなに、村を やかれそうでよぉ」
 みんなで手をあわせて、おねがいしました。村人たちは、いつも いいこともわるいことも、おじぞうさまに おうかがいすることに していました。
 おじぞうさまは、しんぱいがおの 村人たちに、
「あしたのひるごろ、たびのお坊さんが村を とおるはずじゃから、よくおねがいして みるがいい」
と、おつげになりました。
 村のいり口で、朝から 源八たちが まっていると、こじきのような お坊さんが やってきました。お坊さんは、源八たちから ねがいをきくと、原ヶ谷戸のがけへいき、手にしたつえで、ズブリ ズブリと あなをあけてあるきました。
「なにしているんだべ、あのお坊さま」
「だいじょうぶだべか。たよりなさそうな お坊さまだが」
 みんなは しんぱいそうに、お坊さんのあとを ゾロゾロついて あるきました。そのお坊さんは、いくつか あなをあけると、じぞう堂にはいって、ねっしんに おきょうをあげました。
 すると、はれていた空が、きゅうに まっくらになって カミナリがなり、ザーッと、大雨がふってきました。雨は、夜になっても やみません。
 これでは、月はでないし、むじなどもは 火ふきくらべができません。
「さすが、お坊さま。きたねぇなりしていても、よほど、えらいお人にちがいねぇ」
と、みんなは 手をたたいて、大よろこびしました。

 その日から、雨は 十二日もふりつづき、おじぞうさまのえん日が やってきました。あいかわらず 雨ふりでしたが、村人たちは お堂にあつまって、村が、火事から すくわれたことを よろこびあい、のめやうたえのおまつりをしました。

 朝になっても、雨や風は やみません。
 原ヶ谷戸のがけからドッと、大水が ふきだしてきました。それは、お坊さんが つえであけたあなからでした。原ヶ谷戸のむじなが、そのふきだす大水に あっというまにおしながされ、萱戸のむじなも、あふれだした 上水にのまれて ながされていきました。

 ところが、洪水は 村の田畑もおしながし、家の土間のなかまで ながれこんできました。
「お坊さま。いくらなんでも これじゃ、村までながされてしまうべょ」
「ふむ、そうじゃな。むじなは ながされたようだし、もう これでよかろう」

 お坊さんは そういうと、雨のふりしきるなかを そとへでていきました。そして、村はずれの 上水橋のそばにたち、しばらく ねんぶつをとなえてから、
「かっ!」
と、大声をだし、じめんふかく つえをつきさし 大きなあなを あけました。
 するとそれまで たえまなく ふっていた雨は、ぴたり とやみました。そして、あれくるっていた 洪水が、ゴウゴウと 音をたてて、そのあなにすいこまれていき、みるみる 水はひいていきました。
 お坊さんは、それをみとどけると、そっと 村をでていきました。
 源八たちは、
「大水で、家も人も かあながれに ならなかったんは、みんな あの お坊さまの おかげだべ」
「それというのも、あのお坊さまを よんでくれた おじぞうさまのおかげだべょ。なんだか、お坊さまのかおは、おじぞうさまに よくにていたでねぇかや」
「そういわれれば、そんなきがする きっと、おじぞうさまが、生きぼとけになって、おらたちを たすけてくれたに ちげぇねぇ」
と、手をあわせました。
 村人たちは、みんなで力をあわせ、ながされた田畑を もとどおりにし、まえにもまして、おじぞうさまを しんじんするように なりました。
 そして、お坊さんが、ねんぶつをとなえた 上水橋を、ねんぶつ橋とよんで、うやまいました。
 それからは、そのあたりには、わるさをする むじなはいなくなり、源八は、畑をあらす、イノシシがりに、せいをだしたので、みんなも あんしんして くらすことができたそうです。
お母様へ
●牛浜の大洪水
 安政6年(1859年)7月、降り続いた豪雨で多摩川や、玉川上水の洪水に加えて、原ヶ谷戸や三小あたりの崖から、地下水がふきだし、牛浜や川原の新田はことごとく流失したそうです。しかし、犠牲者は、なかったそうです。
●牛浜地蔵
 洪水時の地蔵は、現在千手院墓地にあります。
●水喰土(みずくらいど)
 玉川上水掘削の時、川の水がどんどん地下に吸い込まれてしまうので、川筋の変更を余儀なくされた所で、今は公園に成っています。
●念仏橋
 今の五丁橋です。
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