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第十六話「おたすけわらじ」
 むかし、かまくらかい道に、母と むすこの田助が、一けんの茶みせをだしていました。みせには、しぶ茶と 草だんごのほかに、わらじを うっていました。かい道をとおる たび人は、そのみせで 一ぷくしたあと、あたらしいわらじに はきかえるので、なんとか くらしていけました。
 でも、若い田助は、まいにちまいにちの わらじづくりに、もう あきあきしていました。みせのまえをとおる さむらいをみては、
「おらも、あんな おさむらいに なりてぇなあ」
と、うらやましがって いました。そのたびに 母に、
「バカこくでねぇ。おめぇなんかが、さむらいに なれるわけはねぇべ。こうして わらじを あんでいれば、おてんとさまも ついてきなさる。ありがたいことだ。つまらねぇ ゆめを、みるでねぇ」
と、しかられるのですが、田助はまいにちが たいくつで たまりませんでした。
 ある日、わらじづくりを すっぽかして、草原でねころんで 空をながめていると、一わのからすが とんできました。そして、田助に、
「おい、おまえ、そんなに さむらいになりたいか」
と、ききました。
「あっ、おめぇ、みせのだんごを ぬすみぐいする からすだな。この、ぬすっとがらすめ!」
 いつも みせさきのだんごを、つまみぐいする、みおぼえのある からすでした。田助は、石をなげつけました。からすは、とんでくる石をひょい、とよけて、いいました。
「ま、そう おこるな。だんごのおれいに、いいことを おしえてやるからよ」
「いいことだと?。ぬすっとがらすのくせに、だぼらふくと しょうちしねぇぞ」
「そのぬすっとがらすは やめな。おまえを、さむらいに してやろうというのに」
「えっ、さむらいに。ふんとか?」
「ほんとうだとも。そのかわり、これからも だんごを つまみぐいするが、もんくをいわないか」
「いわねぇ、いわねぇ。さむらいに なれるんだったら、みんなくっても かまわねぇ」
「よし、じゃ、おしえてやる。おまえは、手さきが きようだから、さむらいの わら人形をつくって、みせせきに たてておけ。そうすればかならず、さむらいになれる。ゆめゆめ うたがうな」
と、いって、からすは とんでいきました。
 田助は、さむらいに なりたい一心で、ひるも夜も、ねっしんに わら人形づくりを はじめました。
 母は、それをみて、
「おめぇ、わらじを あまねぇで、かかしなんか つくって なにするきだ。あたまが、おかしくなったべか」
と、おろおろしました。
 田助は へんじもしないで、せっせと よろいやかぶともつくり、スミをぬり 赤いひもをつけて、ほんものそっくりの、さむらい人形を、つくりあげました。
 できた人形をみせさきに、たてておきました。
 けれど、それっきり、なにもかわったことは おきません。
「あの からすのヤロー、だましやがったな」
 田助は、ずうずうしく、だんごをつついている からすを、ぼうをもって おいかけようとしたとき、りっぱなさむらいが はいってきました。
「そこにある人形は、そちがつくったのか。なかなか みごとなものだ。わしのけらいになって、もっとたくさん つくってはくれぬか。このお金で、わらを あつめるがよいぞ」
と、いいました。
 田助は、うれしさのあまり、
「あわわ…」
といったきり、へんじもできません。
 からすの いったとおり、さむらいに なれそうなのです。
 田助は、わくわくしながら、福生だけでなく、とおくの村からも わらをかいあつめました。すててしまう わらが、お金になるというので、村人たちは、大よろこびして わらあつめを てつだいました。
 茶みせのまわりは、わらの山ができ、なんだいもの に車につまれて、お城にはこばれました。それからは、その道を「わらつけかい道」と、よぶように なりました。
 しばらくして、合戦がはじまりました。
お城のまわりには、田助のつくった、ほんものそっくりの さむらい人形が、なん百なん千と ならびました。せめてきたてきは、それをみて びっくりしました。わら人形とは しらず、
「あんなに おおぜいでは、かないっこない」
「矢をあてても、へいきなかおで、たおれもしない。あんなにつよい さむらい、みたことない。にげろにげろ」
と、みんな にげていって しまいました。
 田助は、大てがらを たてました。

 ところが、合戦がおわってしまうと、田助には することがなくなりました。さむらいに なったものの、けんじゅつも、よみかきも できません。
 できるのは、わらしごとだけです。
 田助は、とのさまに おねがいしました。
「おら やっぱし、村へけえって、おっ母のそばで わらじをつくるべぇ。とのさま、ゆるしてくんろい」
「そうじゃな。また戦いがおきても、おなじ手は つかえぬしな。村へかえって、おやこうこう するがよい」

 とのさまは、田助に ほうびの金をあたえました。田助は、その金で、たった一人で だんごをつくっている 母のために、きれいなきものや、ふかふかのふとんをかって 村へかえってきました。
 それからは、わらに 赤や青のぬのや、あさをまぜて、じょうぶで きれいな はきやすいわらじを くふうしたので、かい道をとおる たび人たちに、
“たびを助ける
  田助のわらじ
 わらつけかい道の
  おたすけわらじ”
と、うたわれて、みせはとても はんじょうしました。そして、田助は、としとった母を だいじにして、いつまでも しあわせにくらした、ということです。
 それでも、ときどき だんごをつつきにくる からすをみては、
「こんだは、なんになってみべぇかな」
と、おもっていたそうです。
お母様へ
●わらつけ街道
 八高線沿いにある道で、旧名は鎌倉街道です。鎌倉幕府時代には、いざ鎌倉、という時のために方々に街道がありました。
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