天狗とせきとり
創作民話 むかし福生第二話「天狗とせきとり」
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むかし、玉川上水の 金比羅橋のたもとに、天までとどきそうな 大きな杉の木がありました。その木には、天狗が すんでいるといわれて、夜ふけに だれかが下をとおると、おどかしたり、からかったり、いじめたりするので、村人は、たいへん めいわくしていました。
それをきいた 大男の与作は、うでの力こぶを、もりもり させました。
「よし、おれが その天狗を やっつけてやる。まかせておけ」
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与作は、村の夏まつりに ひらかれる、すもう大会の よこづなで、福生一ばんの 力もちでした。
天狗は、ひるまは すがたを あらわさないので、与作は、夜になるのをまって でかけました。
与作が 大杉の下までいくと、上のほうから ガラガラ声が きこえてきました。
「おいおい、こらこら」
月の光に すかしてみると、鼻のたかい、目を ギョロギョロさせた山伏すがたの大男が、えだに こしをかけていました。
大男は、一本ばの 高げたをはいて、羽うちわを もっているから、うわさの いたずら天狗に ちがいありません。
「やい、天狗。おりてこいっ!」
与作は みがまえながら、大声で どなりました。
「おう、なんか用か」
天狗は こたえると、ふわりと、木から まいおりてきました。
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「おめえは つよぶって、村のものを おどかしているそうじゃんか。どうだ、おれとおめえと どっちがつえぇか、一ちょう すもうをとって、力くらべを してみべぇか」
「わっはっはっはっは‥‥、そんなことか、よかろう。おまえなんかひとひねりだが、勝ったら なにをくれる?」
「もし おめえが勝ったら、いままでどおり この杉の木に いてもいい。そのかわり、負けたら さっさと 山へけえってくれ」
与作のはなしに、天狗は、すこし くびを かしげました。
「ふうむ、おれが勝っても いままでどおりじゃ おもしろくねぇ。‥‥そうだ、おまえんとこの 子もりのおもよをくれ」
おもよは、となり村から おてつだいにきている、十三になる きだてのいい むすめさんでした。
与作は、ちょっと へんじにつまりました。
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でも、すぐ むねを ドンとたたいて、やくそくしました。
「よかんべ、どうせ おめえの 負けだべさ」
二人は、大杉の下で やっ、とばかり とっくみあいました。
ドシーン、ドシーン
力もちどうしなので、杉の木が ゆれるほどの じひびきです。
「えいや」
「どっこい」
どちらも バカ力とクソ力を ふりしぼって、汗まみれ。
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ちょっとやそっとでは しょうぶがつきません。いつのまにか、空がほんのり あかるくなってきました。
与作は、きゅうに
(ああ、はらがへったなあ)
と、おもいました。そのとたん、力がぬけて、ぺったり、しりもちをついてしまいました。
「ど、どんなもんじゃい」
天狗は、ハァハァ 大きないきをして ふんぞりかえりました。
そして、ふんぞりかえりついでに これまた、ばたんと、杉のねもとにへたりこみました。
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天狗は、いきを きらしながらも、
「いいか、おもよを わすれるんじゃねぇぞ」
と、与作に ねんをおしました。
すごすごと 家のかえった 与作は、おもよに 天狗とのやくそくを はなしました。
「とんでもねぇ!。なんてバカなやくそくを したんだよぉ。でえじなおもよを、てんごさまなんかに やれっかよぉ」
おかみさんは、あきれかえって はらをたてるし、おもよは おもよで、わんわん大声でなくし、与作は 大きな体をちぢめて、大よわり。
「ま、わかった。わかったから なくな。もののはずみでした やくそくだから、どうってことは ねぇべょ」
と、そのまま しらんかおを することにしました。
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それから しばらくして、金比羅さまの おまつりが ありました。
お宮の森からは、ぼんおどりの、ふえやたいこの音が きこえてきます。
おもよも、ゆかたをきて ぼんおどりに でかけていきました。
ところが、おもよは、つぎの日の 朝になっても ひるがすぎても、家に かえってきませんでした。
村人たちは、大さわぎ。みんなで手わけをして あっちこっちと さがしましたが、おもよは どこにもみあたりません。
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「これは ひょっとして、神かくしに あったのかも しんねぇべ」
「そりゃ、てえへんだ。あした、今熊さまに おねげえして、よびもどしてもらうべよ」
村人たちが そうだんしているそばで、与作は、
(いんや、天狗のヤローが、かくしたに ちげぇねえ)
と、おもいました。
その日の夜、金比羅橋の 大杉のあたりから、ゴォーッという、きみのわるい 風の音が きこえてきました。
与作は 大いそぎで、おせきはんを おなかいっぱい つめこみ、お酒を一しょうものんで、天狗にまけず まっ赤なかおをして、大杉へはしりました。そして、大杉へつくなり、
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「やいこら、天狗。おもよをさらったのは、おめぇだべ。いますぐかえさねぇと、この杉の木、ひっこぬいてやんべぇ」
と、どなって、大杉をかかえて ユサユサゆすりました。
すると、とつぜん
「たすけてぇ!」
と、ひめいが きこえました。みあげると、おもよが、杉のえだに ぶらさがって、なきさけんで いました。
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与作は、いそいで おもよを木からおろして、家にかえしました。
「やい、天狗。まだ いたずら やめねぇつもりなら、ここまでおりてこい。こんだは、こわめし くってきたで、ひだるくねぇぞ。おめえのその鼻、へしおってやんべえ」
与作は、ドシン ドシンと、しこをふみました。
でも、木の上からは、天狗のへんじは ありません。
「やい、きこえねぇんか!」
与作が また どなったとたん、
ゴォーッ
と、ものすごい 風の音がしました。杉のはっぱが、バサバサ おちてきました。
するとなにか黒いものが、月夜の空を、山のほうへ とんでいき、あっというまに、多摩の山かげにきえて いってしまいました。
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それっきり、大杉の天狗は、福生へ すがたを みせなくなったので、村人たちは 与作のことを、「天狗とりのせきとり」とよんで、村のじまんばなしにしたそうです。
お母様へ
●今熊山伝説
神かくしにあって、人がいなくなったり、迷子になったりすると《呼ばわり山》といわれる今熊山にのぼって、山頂の熊野神社にお神酒を供え、四方の峰や村々にむかって、その名前を鐘や太鼓に合わせて大声で呼ぶと、必ず見つかったそうです。この山は、八王子と五日市町の境、秋川街道沿いにあります。
●金比羅橋
金比羅橋→神明橋→新掘橋(現在)と変わりました。